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ルーマニア・マンホール生活者たちの記録 [本]

「ルーマニア・マンホール生活者たちの記録」 早坂隆


久々に色々と考え、書きたくなった本です。

ルーマニアと言われても、日本人の私には東欧の国、という知識しかなく、ドラキュラの国と言われれば、ああそうなんだ、という程度のお粗末な認識。
そのルーマニアは、今でこそある程度の経済成長を遂げてはいるけれど、かつては「ヨーロッパのエチオピア」と言われるほどに貧しかった。
共産主義の皮を被ったチャウシェスク独裁政権が革命によって崩壊した後、ますます混迷する経済の中で、劣悪な環境の孤児院から逃げ出した孤児たちの一部は、マンホールの中で生活するようになった。
そんな孤児たちの生活を追ったのが本書です。

とても読みやすく、興味深い内容でした。
まず書き方がとても私好み。
私は作者の具体的な顔が前面に出てくるドキュメンタリーが好きではない。
本書は作者である「僕」の視点で描かれますが、その「僕」の個人的情報はほとんどなく、感情の描写も最小限に抑えられているので、RPGの主人公のような存在になっていて、まったくうるさくない。
なぜ日本人なのにルーマニア語を自由に使えるのかというバックグラウンドすら最後まで出てこない。
あえてそういう書き方をしているように思う。
余談ながら、同時期に読んだ別のドキュメンタリーは新聞の書評などでも紹介されて評判だったけれど、作者の安っぽい心情がうるさくで私はあまり良いとは思わなかった。
ま、好みの問題でしょうけど。

季節を巡るような構成も良く、ルーマニアの歴史や文化に関する情報もわかりやすい。
自分の知る外国は本当に世界のほんの一部だということを思い知る。
ていうか、入ってくるのがほとんどアメリカに関連する情報ばかりだというのは、日本に対する影響力を考えれば仕方ないこととは言えども、ちょっと情報統制っぽい感じがして少々気味悪くもある。

暗く不衛生なマンホールに暮らす孤児たちは、物乞いや万引きなどをして生活している。
その多くは差別を受ける最貧困層のロマ人(ジプシー)で、常に暴力や罵倒を浴びる彼らのほとんどが、唯一の逃げ場所を求めてシンナー中毒となる。
そんな孤児の一人、ダニエルの背中には革命時の流れ弾を受けてできた銃創がある。
ダニエルは言う。
「僕は日本に生まれたかった。なぜこんな国に生まれてしまったんだろう」

この言葉を読んで私はハッと胸を衝かれる。
そうか、私は日本に生まれた時点で幸運なのだ。
そしてそんな安っぽい感慨を抱く自分を恥じる。
自分よりも恵まれない人を見て自分の幸せを再認識するのは相手に対してあまりにも失礼であるし、それは自分よりも恵まれている人を見て自分を不幸だと嘆くことと同じくらい愚かだ。
でもたぶん人間はそういう生き物だ。

本書を読んでいて、そういえば、と思い出す。
米原万里の「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」に出てきたアーニャは確かルーマニア人ではなかったか?
しかも労働者階級のために戦うという建前のもと、豪奢な生活をする政権幹部の娘だったような……。
改めて読んだら、まさにそれ。
アーニャのパパはチャウシェスク政権の幹部だった。
あの話はちょっと後味が悪くてモヤモヤが残るんだけれども、ますますやり場のない思いが募る。
同じ国の同じ時期の、最上層の特権階級と最下層の貧困被差別民。
人間のしょうもなさに打ちのめされますが、はて、自分がその特権階級だったら、果たしてその甘い汁を手放せるだろうか。

本書は2001年から2002年にかけての取材をもとに書かれたもので、文庫版あとがきによると、ルーマニアは2007年にEU加入を果たし、経済も好調らしい。
2019年現在、かの国はどうなっているのでしょうか。
そしてかつてマンホールで暮らした孤児たちは、今どうしているのでしょうか。



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