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なみだふるはな [本]

「なみだふるはな」 石牟礼道子、藤原新也


「フクシマ」に強い危機感を覚える藤原新也が「ミナマタ」と寄り添ってきた石牟礼道子に会いに行った対談集。
2011年6月に行われた対談で、あの事故の直後ということもあり、10年経った今読むと少し大袈裟な感じがしなくもないが、その麻痺こそが危険なのかもしれないとも思う。
私もあの頃は「これから先どうなっちゃうんだろう。日本は、世界は、大丈夫なのか」と不安に思っていたけれど、2021年現在、世の中は良くも悪くもあまり変わっていなくて、代わりにコロナが来た。
先のことって本当にわからない。

冒頭の石牟礼さんの「花を奉る」という詩がとてもいい。
涙が出る。

石牟礼さんが語る、コンクリートで固められる前の海や野山の美しさと豊かさ。
そして水俣病患者の声。

「道子さん、私は全部許すことにしました。チッソも許す。私たちを散々卑しめた人たちも許す。恨んでばっかりおれば苦しゅうしてならん。毎日うなじのあたりにキリで差し込むような痛みのあっとばい。痙攣も来るとばい。毎日そういう体で人を恨んでばかりおれば、苦しさは募るばっかり。親からも、人を恨むなといわれて、全部許すことにした。親子代々この病ばわずろうて、助かる道はなかごたるばってん、許すことで心が軽うなった。
 病まん人の分まで、わたし共が、うち背負うてゆく。全部背負うてゆく。
 知らんちゅうことがいちばんの罪ばい。人を憎めば憎んだぶんだけ苦しかもんなあ。許すち思うたら気の軽うなった。人ば憎めばわが身もきつかろうが。自分が変わらんことには人は変わらんと父にいわれよったがやっとわかってきた。うちは家族全部、水俣病にかかっとる。漁師じゃもんで」

教科書に載っている「水俣、公害病、チッソ」といった単語だけを頭に入れて知った気になっていることの愚かさ、恥ずかしさを思い知らされます。
何も知らない方がまだマシなんじゃないかとすら思う。

「苦海浄土」もぜひ読みたいのですが、積読本ばかりが増えてゆく。。。




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